イリスは不満な日々を過ごしていた。王に声をかけてもらえない事ではない、それは認めたくないが 慣れてしまっている。王が母に会いにこなくなったのだ。 以前は出兵などをしている時以外は月に1、2回は来ていたのにここ数ヶ月は全く訪れてはこなかった。 母は理由を知っているのか諦めているのかその事については何も語らず普段と変わらぬ生活をしていた。 我慢に我慢を重ねていたが元々我慢できる性格ではなかった。あっさりと不満が爆発してしまい 王城に様子を見に行くことを勝手に決定する。もちろん母に伝えれば反対されるに決まっているし 最悪部屋から出してもらえないか、おやつ抜きにされてしまうかもしれない。 部屋から出られなくなるのは「我慢強い」自分ならば耐えられるかもしれないが「おやつ抜き」はまずい…… しばし考えて少し離れた公園に遊びに行くと伝えた、護衛をつけると言う母には「子供扱いしないで欲しい」 とか「過保護はよくない」とかよく分からない理屈をつけてなんとか一人で出かける事を認めてもらい 料理人に作ってもらったお昼を特製ランチボックスに詰め込むとすぐに屋敷を出発した。 王城への道は母に連れられて何度か訪れた事があったので迷うことはなかったが近づくにつれて 屋敷を出たときの高揚した気分はどこかで落としてしまった。不穏な気配を子供ながらに感じとって いたのだが今更戻る事もできず巨大な雲に覆われた空の下、王城の門に到着した。 門番に止められるかと心配したが以前イリスが訪れた時と同じ兵士であった為、一人でいることを 不思議には思われたが王族に質問など出来るはずもなくあっさりと通過することが許可された。 城の中は一層不気味だった、遠くに見える広場には沢山の市民が集まっていたがその反面城の中には 以前来た時の半分も人がいなかった。残っている者達もどこか生気がないような何かに怯えているような 雰囲気で忍び込んだ少女の事も見えていないかのようだった。 イリスにとっては都合がよかったが、よく考えてみればグラハム王がどこにいるのか知らないので 手当たり次第に部屋を覗いて歩くこととなった……。 20番目の空き部屋訪問が終わり入ってきた扉に戻ろうとすると扉が開きグラハム王が目の前に現れた。 イリスと王はちょうど扉を挟んで正面で向き合う形となった。 ……王はしばし考え込むと何かを思い出せない表情を浮かべていたが横にいた侍従が そっと耳打ちするとやっと思い出したように言葉を発した。 「ふむ、たしかイリスと言ったのであったな、母上は元気か?」 イリスは王の顔から目を反らせずにいた、王が自分の名前を覚えていなかった事に驚いたのではない、 王が自分の知っている姿に比べまるで別人のように表情が暗く歪んでいたからだった。 王に名前を呼ばれるとイリスもやっと思い出したように 「お久しぶりでございますグラハム様。王の恩恵により母も変わらず元気でございます。」 子供とはいえ王族として育っている貫禄か大人顔負けの挨拶をすませると…… ……すませると、会ってからどうするのか考えていなかった事に気がついた。 何か言わないといけないと思いとっさに 「グラハム様、お顔の色がすぐれないようですが何かお悩みでもありますのでしょうか? イリス・アンリーヌ、グラハム様のお役に立てる事がありましたら何なりとお申し付けください。」 子供に心配された事が気に入ったのか口に手を当て少しだけ笑うと 「そうだな少々人材が不足していてな、おかげでこうしてイリスに心配させてしまった。 まったく王などと言っても存外自由には出来ぬものだな。」 「人材?」 意味はよく分からなかったが人がいないと言うことだろうか?確かに城の中には人が少なかった。 「人でございますか?それでしたら先ほど広場に沢山の人々がおりました、あれだけいれば きっと王のお役に立てる者がいるのではないかと思います。」 自分でも会心の返答だった、王もきっと喜んでくれるに違いない。 「広場か……ふむ、そちらの窓から広場が見えたな。イリスこちらにきてもらえるかな?」 王に連れられて窓の側へ行くと窓はイリスよりも高い位置にあり外の様子を見ることはできなかった。 背伸びをしようと足を精一杯伸ばしていると突然体が宙に浮いた、王がイリスを抱えて持ち上げたのだ。 「あ……」 初めて父に抱きかかえてもらった、今までは頭を撫ででもらったことが1度あっただけだった。 今日は「おやつ」がなくなる危険を冒してもお城に来て良かったとイリスは心から思った。 外を見ると先ほどの広場に人が沢山集まっていた、地面にかかれた記号の中心に人がいくと まるで手品のように姿が見えなくなっていった。 「見てのとおりあれだけいても皆すぐ消えてしまうものでな、困っているのだ。」 王の言葉は半分以上高揚したイリスには届いてなかった。 床に降ろされるとイリスは決意宣言をするように 「それでしたら、イリスがお父さ……グラハム様のお役に立ちます。」 まっすぐに自分を見つめるイリスの目を見ると王は歪んだ笑みを浮かべる。 「それは助かるな、ただこればかりはイリスでも力になってもらえるか分からないのだが 我の為に苦しくても我慢してもらえるのかな?」 父からの願いを断れるはずもなく 「はい、我慢できます。でも…、あの…、その……」 イリスはためらいながらも言葉を続ける。 「もし……お役に立つことができたら、できたらでいいのですが…… また持ち上げて頂いて窓からの景色を見せていただけないでしょうか?」 景色はどうでもいいのは明白だった。 「ああ、そんな事でいいのならいくらでも景色を見せよう。 そうだな、最近はお前の母にも会いに行っていなかったな。 これからは今までの倍、いや3倍位は会いにいくことにしよう。」 「え? そんな、そんなにですか!?」 声がうわずる。 「ふむ、お前と遊ぶ事が出来ていなかった事、済まないと思っている。 これからは母に会いにいった時にはイリスとも遊ぶ事を約束しよう。」 信じられない言葉だった、イリスにとっては天に昇るような言葉だった。 だが王にとってはこんな約束などどうでもいい事だった。気まぐれの余興、こんな子供が適合するなど 思ってもいないが言うだけでいいならいくらでも言おう。 「がんばります、グラハム様! かならずお役に立ちます!」 「ああ、期待しているよイリス。」 王は満足そうに笑みを浮かべると、イリスの手を引きながら王城の奥へと進んでいった……。