錬金術師協会の研究員の一日は特に変化がない、日々自分に与えられた部屋で研究をしているだけである。 当然一定の成果を求められはするがノルマは容易に達成できる程度のものであり完全に形骸化していた。 その為研究員の中には今の環境に安住してしまい研究が疎かになっている者も少なくはなかった。 ある日研究員達が全員王城に呼ばれた、王からの直々の招待という事で何事かと思いつつも全員が 招待に応じその中にはエレノアの姿もあった。 エレノアが王城に入ったのはこれで2回目だった、1度目は錬金術師協会の課程を全て終了した時である。 王国ではその年に錬金術師になった者は王城に招待され王から直々に認定されるのが習わしだった。 巨大なテーブルの置かれた部屋に案内され座りながら待っていると暫くしてグラハム王が入室してきた。 一斉に立ち上がると王は気さくにも全員に着席するよう勧め自らも一番奥の席に着席をした。 「さて、我がバラダン王国が誇る錬金術師諸君、研究の方はいかがかな?」 王の話しが始まると見たことも食べたことも、食べ方すら分からないような豪勢な食事が運ばれてきた。 「まぁ堅苦しい話をいきなりするのも緊張してしまうか、まずは遠慮せずに食べてくれたまえ。 いつも我が国の為に研究を続けてくれている諸君への国からのわずかばかりの感謝の印だ。」 研究員達は緊張しながらも目の前に並んだ食事を前にしてたらふく食べ、飲み、ひとときの宴を楽しんだ。 エレノアも豪勢な食事を口に運びながら子供の頃食べる事すらままならなかった自分がここまで来たのだと 妙な感慨と優越感に浸りながら食事を続けた。 食事も終わりデザートが運ばれて来る頃、王は再び研究員達に問いかけた。 「諸君らが錬金術についてどういう物だと考えているのか、すまないが各自話して欲しいのだが?」 王は微笑みながら優しげに研究者達に問いかけた。 その笑顔を見た時にエレノアは何かとてつもない悪寒を感じ…、同時にそれが心地よいとも思っていた。 「人々を幸せにする為の術だと思います。」 「自らを高める為に研究はしても決して己のためだけに使用してはならない物です。」 「王と王国の発展の為に微力ながら貢献したい所存です。」 さすがは王国が誇る錬金術師達である、協会の老人達が聞いたら立ち上がって拍手が起こりそうな程の 模範的な回答を胸を張り誇らしげに答えていく。 エレノアは慎重に王の様子を観察していた。 王は様々な回答をどこか退屈そうに聞いている、あの目は決して研究員達を認めている目ではない。 つまらない喜劇を観賞しているような、そんな目だった。 エレノアの番が回ってきた、その時何故言ったのかは分からない。 先ほどの王の笑顔を見てから何かが押さえきれなくなっていた。 「…………己を誇示するための力だと思います、綺麗事だけの人間にも、何もしない無能な人間にも 頭を下げなくて済む生きるために得た力です。」 場の空気が凍りついた。当然である、錬金術師が己の私利私欲の為に力を使うと宣言したのだ。 この場で牢獄に入れられても仕方のない事をよりにもよって王の前で言ったのだ。 研究員達は皆自分達が巻き込まれないようにエレノアから目をそらして黙り込んだ。 「くっくっく……。その方の名はなんと言ったかな?」 どこか嬉しそうに王はエレノアに問いかけた。 「エレノア・リーグルと申します、王国錬金術師協会の主席研究員を勤めております。」 重罪を告白したにもかかわらずエレノアは冷静だった、王は自分を罰しないと何故か確信していた。 「エレノア、もし今まで以上の錬金術の知識と力が手に入るとしたら欲しいと思うか? それが協会の教えに反する事だとしても。」 王は探るようにエレノアを見つめて問いかけた。 もはや何も己を隠す必要はなくなったエレノアは心の底からの言葉を紡ぎ出す。 「頂きとう御座います。必ずやその知識、私の力に、そして王の力と致します。」 「ふん、我の力の前に自分の力にするか……面白い、よかろうエレノア。 力が欲しいのならばくれてやろう、精々その野心と渇望を我の為に使うがいい。」 王が指を鳴らすと近衛騎士団が一斉に部屋に入ってきた、エレノア以外の研究員達を後ろ手に縛り 身動き出来なくすると王は短剣をエレノアに差し出した。 「力が欲しいのならば代償も必要であろう?ここにいる研究員達はお前の言葉を聞いてしまったぞ? 我は別にかまわんが、そのままでは都合が悪いのではないか?」 口元を歪めながら楽しそうに王は囁いた。 エレノアはほんの一瞬だけためらうそぶりを見せた後、王に差し出された短剣をつかみ 命乞いをする研究員達を一人ずつ刺していった。 「(弱いからいけない……、私は選ばれた人間…、私は選ばれた……)」 つぶやきながら刺し続けるエレノアを王は満足げに見守っていた。 その後エレノアは王から渡された禁呪の書の解読に没頭する。 禁呪が一つ解き明かされる度に大量の実験を行ったが、その為の素材は王が用意してくれた。 若い者も年老いた者も地位のある者も血筋のいい者も皆エレノアに慈悲を請いながら死んでいった。 それがエレノアには何よりも愉悦の時間となり…… そして強い者だけが生きるべきと言う考えは彼女にとってのただ一つの理念となった。