優れた王が統治するバラダン王国、誰もが明るい未来を信じて疑わなかった王国の歯車が狂いだしたのは 王が28歳の時に隣国と国境付近で衝突が起きたことが始まりであった。 グラハム王自らが王国騎士団を率い王城を後にした、自ら出向いたのは相手国への威嚇と 交渉を有利に進める為である、両国とも大規模な争いする気はなかったので双方の王が出向いて 会談を持つというのが趣旨であった。 その衝突が起こる少し前から王妃は出身国に王子と共に里帰りをしていた、帰国する日時や道は極秘に されていたが王と行動を共にしていた近衛団長アイラ・ジェナ・パルシオンは不安を覚え部下達に 国境線まで迎えにいくように命じた。 近衛隊が国境付近に差し掛かった時に道の先に見えたのは十数本の杭であった。 道の中央に不自然に杭が立っている、その先には人間と思わしきものが刺さっていた。 訓練を積んだ近衛騎士団の騎士達でさえ正視することができない程惨たらしいものだった。 刺さっていたのは、王妃、王子、侍従や警護にあたっていた近衛騎士団の騎士達であった。 騎士達は王への連絡と無残に風にさらされている王子達を降ろし丁重に国まで運ぶ事を無言のまま遂行した。 隣国へ向かう途中にその報を聞いた時、家臣の誰もが王が国に戻ると考えていた。 だが王は自らはそのまま会談に向かい、近衛団長のアイラに急ぎ国に戻り犯人を捕まえる為の陣頭指揮を 執るように指示をするとそのまま無言となった。 近衛騎士団団長アイラは自分の未熟さに胸が焼き切れそうになりながら早馬を走らせ国へと戻った。 当初、犯人は王国と衝突をした隣国の仕業と思われていた。だがなぜ王妃達が帰る日時や道が分かったのか? 帰る道は王妃や王子でさえ知らされていない、極々一部の者だけしか知らないはずであった。 文字通りアイラは不眠不休で犯人の検挙に駆け回り犯行に及んだ者達を突き止めた。 王族殺しという大罪を犯していたのは守護騎士団団長と前王から仕える家臣達の一部だった、 前王の代から仕えていた者達にとってグラハム王は決して名君ではなかった。 自分達の思いのままに出来ていた前王とは違いグラハム王は名君すぎたのだ。 隣国の仕業にみせて王妃と王子を惨たらしい形で殺害すれば王は国に戻る事になる、そうすれば 隣国との交渉は決裂して隣国とさらに争いが起きる事となる。失意の王であれば懐柔するか、 もしくは隣国と密約しグラハム王を排除することも出来るというのが彼らの描いた絵図であった。 だがグラハムは父や夫であるよりも王であることを選び戻ってはこなかった、皮肉にも彼らが 評価したようにグラハム王は名君であった。犯人達が家臣であった事を知らない王は隣国への疑いが 晴れぬまま張り裂けるような胸を押さえて講和を結んでいるに違いない。 それから1週間程時間が過ぎ王が城に戻ってきた。変わり果てた王妃と王子を見ても王は 顔色一つ変えずに犯人を捕らえるのに貢献したアイラを労い自室へと戻った。 ……自室の警護についたアイラだけが知っている王の秘密、その日一晩中王の部屋からは 声をかみ殺した嗚咽が洩れ続けていた。 次の日、部屋から出てきた王はやつれていたがそれ以上に何かが変わっていた。 言葉では表せない違和感をアイラは感じていた。 王は守護団長達を牢から広場に連れてくるように伝え、同時に杭を用意するように命じた。 アイラは忠実に命令に従いながら恐ろしい想像をしないよう、ただ任務だけをこなすようにした。 王の前に引き出された者達はいかに自分が前王の時代からこの国の為に貢献してきたかをまくしたてた。 【自分達も被害者であると】 【追い込まれ仕方なくやったのだと】 【皆で首謀者はこいつだと責任をなすり付けた】 そんな戯言を聞き流しながら王は静かに語りかけた。 「おきてしまった事は仕方がない、汝らを罰した所で王妃も王子も戻ってはこない。 それに我も有能な家臣を罰すると言うのは心が痛む、そんな事をしても誰も救われないではないか。」 その場に同席したアイラは耳を疑った、いくら公正明大と言われるグラハム王であっても このようなクズ共を許すというのか!? だがアイラは次の言葉を聞いてまたも耳を疑った。 「諸君は我の忠実なる家臣達だ、そうであろう?」 家臣達は一斉に大きく頷いた。 「我の為ならばどのような命令も達成してくれる自慢の家臣達だ、そうであろう?」 家臣達はまたも一斉に頷いた。 「実はな、一晩中考えたのだが王妃や王子はどのように苦しんで死んだのか分からぬのだ、 何せ人間が串刺しになって死ぬ様など見たことがないものでな……。」 家臣達は自分たちの考えが甘すぎた事を自覚した。 「では、我の忠実な家臣達よ、我の為に王子達がどのように死んだのか実演してもらえるな?」 家臣達は凍り付いたように全員が固まっていた。 アイラは悪い夢であって欲しいと願った。 「どうした? 先ほど頷いてくれたろう? ではまずは守護団長からだ。」 暴れる守護団長を近衛騎士達が押さえつけ王の前で実演を成功させた。 「ふむ、そのように苦しむのか、だがまだ今ひとつ理解できない部分もあるな、では次は…………」 一人ずつ家臣達は串刺しにされていった。 アイラは王にこのような事をさせてしまった事、自分の部下達に騎士にあるまじき行いを させている事から目を背けなかった。全ては自分の未熟さ、王は責めなかったが王妃と王子を 失う事になったのは全て近衛騎士団団長である自分の責任だと自分を責めた。 先ほどまで犯人の処断が済み次第騎士団を辞める覚悟でいたが考えを改めた。 王がこのようになってしまったのも全ては自分の責任、いつか心が癒される時が来ればきっと 以前のグラハム王に戻ってくださる、その日まで自分は「王の盾」で有り続けよう……。 たとえどのような事になろうともそれが自分が犯した罪に対しての懺悔であると。 ・ ・ ・ 王は力を欲していた、どのような者にも屈しない力を、誰も逆らおうなどと思わぬほどの強大な力を。 ふと古い歴史書を紐解いているとパラケルススについての記述が目に止まった、 無論パラケルススの名は王も知っていた、だが具体的な功績やどのような災厄をもたらしたのかは 他の人々同様あまり気にしてはいなかった。 歴史書を読み進めていると「禁呪」と言う文字が目に止まった。 「ほう……」 うっすらと口元を歪め、王は一人笑みを浮かべた。