一族の者が5名程消息を絶ってから1ヶ月程経過しようとしていた。 ケイ・パーシヴァルにとって一族の者が1名いなくなろうと5名いなくなろうとたいした問題ではなかったが、 問題は禁呪が書かれた書を持ち出されたという事にあった。 禁呪が封印された場所へはケイであっても立ち入る事は出来ない。封印は一族の中でも数名のみにしか 解除の方法は伝えられていなかったがケイはその数人ではなかった。 天才とされるケイに伝えていなかったのは恐れていたからであろう、ケイの知的好奇心が禁呪を使わせるのではないかと。 ケイにとってはバカバカしい話だった、禁呪をもっとも嫌悪する自分が使うはずもなくそんなものは臆病な 一族に相応しい杞憂に過ぎないと……もっとも、封印を解くことができれば禁呪を使うことはないが 真っ先に禁呪の書を消滅させていただろうから結果的にケイに伝えてなかったのは正しい判断ではあった。 それは突然やってきた、大量の兵士と見たこともない兵器が世界から隔離され閉鎖された村をなぎ払った。 ケイはひと目でそれらの兵器が禁呪を用いて造られたことを悟った、方法は分からないがあの物質は通常の方法では 造る事ができない、それならば持ち去られた禁呪を使ったと思うのが普通であろう。 禁呪を使って造られた兵器と王国の兵士達が同時に現れる、ケイにとってはそれだけで状況はほぼ完璧に理解できた。 次々と殺されていく仲間達を自分でも驚くほど客観的に眺めながら自分に挑んでくる兵士だけはうち倒していた。 死ぬ事に恐怖は無かったが非礼にも蹂躙してくる相手に自分が何もできずに殺されるのは趣味ではなかった。 だがそれも局地的な事、生き残っている一族の者達と共に村の中心にある地下道…、既に持ち去られた禁呪を封印していた通路内に追い込まれていった。 ここに押し寄せてくるのは時間の問題だろう……どうせ死ぬのであればこんな何もできない臆病者達と共に死ぬのは御免だ、 多少でも道連れにしてやろうと通路の前に出ようとした瞬間、後ろから捕まれ小さな個室に無理矢理押し込まれた。 それは禁呪の書を保管していた人が一人入るのが精一杯の小部屋だった。 「……なっ」 一瞬何が起こったのか理解できなかった。その間に扉が閉められ扉の向こうから何か術を施している声が聞こえる。 閉じこめられた事を理解したが押そうと叩こうとビクともしない。 扉の向こうから声が聞こえる。 「ほっほ、いくらお前でも開ける事はできんよ、もう一度封印を施したのでな。 まぁ今回のは弱めにしたので……そうじゃな3日もすれば開くだろうよ。」 声の主は一族の長だった。 「何を考えている、人をこんな所に閉じこめて!?」 ケイにはまったく理解不能だった。残っている中で叶わぬまでもやつらと戦えるのは自分位だ。 再び長の声が聞こえる。 「お前は生きてくれ…、おそらく外の兵器は禁呪によるものなのだろう、あれをそのままにしてはならない。 どうすればいいのかは分からないが……きっと、お前ならなんとか方法を見つけられるだろう。」 「ケイ……、すまないな、我々はお前には迷惑ばかりを押しつけてしまって。」 「でも分かって欲しい…、我らは長い年月の中で今の生き方しか選べなかったのだ。」 「ふざけるな! いつもいつも勝手な理屈を押しつけて、そうやって逃げる事を正当化ばかりして……。」 扉を叩きながらケイらしくもなくイラついた声を上げた。 「ハハ…、お前でもそう言う声を出すんだな、最後にいいものが聞けたよ。」 「お兄ちゃんバイバイ、もっと遊んで欲しかったけど我慢するね。」 「じゃあな、ケイ。いつも無表情だったが俺はお前みたいな奴は嫌いじゃなかったぜ。」 「さよならね、ケイ。私の作るパンプキンパイを食べられないのは残念でしょうけどいい人見つけて作ってもらいなさいね、 あ、でもとっておきのカモミールティーは私の家の戸棚に入っているから特別に飲んでもいいわよ。」 「あー、俺ももう一回食べておきたかったな!」 「あんたは、どうせ何食べても一緒なんだから別いいじゃない。」 「そーそー、美味い!しか言わないもんね。」 「フフ」 「ハハハハ」 「禁呪を守り続けたことは間違いだったのかもしれんな、始祖の願いだとか、自分達は選ばれた一族だとか、 そんなものを大事に守り続けた結果がこれではな。 ケイ、お前の手で禁呪を消滅させてくれ、これは一族の長としての最後の願いだ。」 その言葉を最後に何回か金属がぶつかり合う音がした後…、静かになった。 叫び声は一つも聞こえてはこなかった……、ケイにはそれが何よりも辛かった。 自分よりも弱いものに守られる…、自分が忌み嫌っていた臆病者達に救われる。 しばらくの後扉の向こうからこじ開けようとしている音が聞こえる…、どうでもよかった……。 こじ開けられようとどうなろうとどうでもよかった……。 丸1日も音はしていただろうか……、その後一切の音が消え去り……、静寂が訪れた。 3日程たつと扉は勝手に開いた、目の前には見たくもない光景が広がっていた。 通路を抜け地上にでるとそこにも同じ光景が広がっていた……。 ケイは笑った…、乾ききった笑いだった…、誰もいない村で、動いているのは自分だけという中で 生まれて初めて大きな声で笑った。 「あんた(パラケルスス)のやりたかったことがこれか? 後生大事に数百年もあんたの教えを守り続けた結果がこれか!?」 「禁呪を消滅させる!?」 「あぁ、消滅させてやるよ……、跡形もなく……、あんたの名前も存在も消し去ってやるよ!」 大きな乾いた声で叫ぶと…、いつもの無表情なケイに戻っていた。 その後、一族の者達の墓を一人で作り終えると一人どこへいくかも分からず村を後にした。 それから2ヶ月旅を続けた、あの禁呪による兵器たちと渡り合う方法を求め旅を続けた。 パラケルススがかつて禁呪を使ったという地にも向かったが無駄だった。 無駄なだけでなく刻一刻と悪化していった、立ち寄る村々は生気を失い人々は徴兵という名の元に 王都へ連れて行かれ戻ってはこなかった。誰もいなくなっている村すらあった。 何の成果もなく一族の村に戻ってきた。立ち去った時のまま、誰もいない家々と無数の墓だけがある村。 もしかしたらここに何かあるかも知れない、そう思い家々を廻ったが全て無駄だった。 当然と言えば当然、さして大きくもない村に20年近くいたのだ、とっくにどの家々の中も見て回っていた。 ……ふと、あることに気がついた。 この村の中で一箇所だけ調べていない所がある。2ヶ月前に初めて立ち入った場所、禁呪を納めていた部屋だ。 あのときはロクに回りなど見なかったが藁にすがる思いで再び足を踏み入れた。 明かりを灯すと壁に古い文字が刻まれている、殆ど消えかけた文字だが断片的には読めた。 かなり高位の術と何かの兵器について書かれているがこの程度はケイにとってたいした問題にはならない。 文字を全て写し取りまる1日かけて解析と準備をすませると再び部屋に戻ってきた。 決められた準備、手順、タイミング全てを完璧に執り行うと部屋は光に包まれ気がつくとケイは機体の中にいた。 始祖より一族に託された機体「ヴァルキリー・ランス」 「あんたが残した兵器であんたが残した禁呪を消滅させる……か…、皮肉だな。 だがありがたく使わせてもらうよ、愛しき始祖様」 一人つぶやくと闇の中にあって輝きを増す機体を駆って、銀の翼はどこへとなく飛び去っていった……。