いつものように夢にみる記憶……遠くで母が泣いている……父は自分の手を引いていく………… 共に歩く自分は少しも嫌がらずに迎えの馬車へ足を進めて……無言のまま一度だけ母の方を振り返り、 ……静かに馬車の乗客となる。 幾度となく見た過去の記憶、目が覚めればシスターとしての日課が待っている。 修行の間は両親に会うことは一切許されない為両親が教会へ礼拝に来た際も近づく事も 話しかけることも禁じられている。寂しい気持ちを抑えながら日々の祈りを行っていた。 ある日両親が教会へ礼拝にくるとマリアはいつものように誰にも気がつかれないよう遠くから両親の 事を眺めていたがふといつもと違う事に気がつく、母親の腕の中に赤ん坊が抱かれている。 それが自分の妹である事はすぐに理解できた、名前も知らない自分の妹、 自分では叶わない母親の腕の中に抱かれている妹、最後に自分を見つめてくれた母親は泣いていたのに 優しい微笑みを向けられている妹…、マリアは目を反らしてしゃがみこむと涙が止めどもなく溢れてきた。 教会に連れて行かれる時も子供には厳しい修行の時も一度も泣くことは無かったのに自分でも理由が 分からないまま悲しくて悲しくていつまでも涙が頬を濡らし続けた。 それからマリアは一層模範的なシスターとなった。一人前と認められればいずれ両親と話す事も 許されるに違いないと信じて……。 その後もシスターとしての修行をする日々が続いていた…、俗界との関係を絶った生活を していたとしても国の内外の情報は、礼拝にくる信者や食料を運んできてくれる商人達から断片的にだが 伝わってきていた。だがここ数ヶ月伝わってくる話題は決して明るいものではなかった。 「国王が他国に侵攻するために軍備を増強している。」 「今までの徴兵とは比べ物にならない数が王都に集められている、男だけでなく女性や子供まで徴兵される。」 「守護騎士団はいまでは奴隷商人と変わらない、街や村を巡っては片っ端から人々を徴兵していく。」 「王都の周りで得たいの知れない巨大な影を見た。」 「王都に徴兵されて戻ってきた者は誰もいない。」 ……そんな中マリアにとっては聞き逃せない言葉が聞こえた。 「ブルームフィールド様も王都に呼ばれたそうだ、数日中にも奥様とお嬢様を連れて出立されるとの事だ。」 その言葉の聞こえた方を振り返ると既に商人達は出口に向かって歩き出しており、マリアは詳細を聞きたい 気持ちを押さえて見送る事しかできなかった。 さらに1週間程が経過した、最近では太陽が見える事すら珍しく昼間でも厚い雲に覆われる日が 続いていたある日マリアは一人教会の司祭に呼ばれ部屋を訪れる。 数ある教会の中でも珍しくマリアのいる教会の司祭は女性が努めていた、少しばかり年は取っているが 聖母というものが本当にいるのならばこの人のような人なのだろうとマリアはいつも思っていた。 母に会えぬマリアにとっては司祭が母の変わりといっても過言ではない。 司祭はいつもと同じように優しく、ゆっくりとした口調でマリアに問いかけた。 「マリア、ここに花があります、この花に触れてみてもらえるかしら?」 司祭の手の中には小さな花瓶とその中に枯れかけた一輪の花が刺さっていた。 「司祭様……、あの……」 戸惑うマリアに向けて司祭は再び問いかけた。 「マリア…、恐れずに触れてみてごらんなさい。」 諦めたようにマリアが花に触れると、花は生気を取り戻したように再び美しい姿を花瓶の上に映しだした。 「……いつから出来るようになっていたの?」 優しげに、けれども返答を誤魔化すことはできない意志のこもった声で司祭が質問をする。 「それまでもたまにあったのですが、自分の意志でできるようになったのは12歳の頃です……」 何かを恥じるように顔を伏せたままマリアは答えた。 その言葉を聞くと司祭はゆっくりと目を閉じ、再び目を開けると覚悟を決めたように口を開いた。 「……あなたがこの教会に預けられたのも、リディア様のお導きだったのかもしれませんね。」 「マリア…、これから大事な話をしようと思うの、 ……恐ろしいかもしれないけれど恐れてはいけない。 ……苦しいかもしれませんが受け止めなければならないの。 ……逃げる道は無数にあるかもしれない、けれど前へ進まないといけない。」 そう言うと司祭はマリアをまっすぐに見つめ返事を待った。 「はい、司祭様。いかなる時もリディア様と神鳥カラドリウスのお導きがあれば 自らの責務を果たすために前へと進めます。」 マリアの返事を聞くと少しだけ表情をゆるめ、まるで母が娘を心配するような表情を浮かべ司祭は言葉を紡ぐ。 「マリア、とてもよい返事よ、だからこそ私はあなたが心配なの。 リディア様を信じる事はとても大事だと思うわ、ですがそれ以上にあなたはあなたを愛しなさい。 恐ろしい時は泣いてもいいの。 苦しい時は目を閉じてもかまわないわ。 逃げたくなった時はあなたの帰りを待つ者の事を思い出して。」 「大切な事は困難に出会った時でも最後には顔を上げる事なの、シスターも司祭も人間なのだから 時には自分の心を一番に考えてもいいはずよ。」 ……他の司祭が聞いたら問題とされる発言をマリアに伝えると、司祭の表情はいつもの表情に戻っていた。 「王都の枢機卿様から3ヶ月前に私宛に手紙をもらっていたの。 もし枢機卿様からの手紙が途絶える事があれば王都にて異変が起きていると思って欲しいと。 3ヶ月前から毎週1通の手紙が届いていたのだけど2週間前の手紙を最後に途絶えてしまったわ。」 それが何を意味しているのか、そして何故それを自分に伝えるのか分からなかったがマリアは 静かに司祭の言葉を聞き続けた。 「最近は空や森で見たことのない物体を目撃したという話しも聞くわね。」 「マリア……パラケルススという人を知っているかしら?」 当然その名前は知っていた、この大陸でその名前を知らない者などいないだろう、 詳しくは知らないがこの大陸に錬金術をもたらし繁栄と破滅をもたらしたと聞いた事があった。 小さくうなずくのを見ると司祭は再び口を開いた。 「パラケルススという方はずっと昔、この教会の何十代も前の司祭様の時代にこの教会を 訪れた事があるそうよ、私もこの話しは司祭になったときに先代の司祭様から聞いたことだけど。」 「この地を初めて訪れた時、彼はひどく衰弱し言葉も話せなかったといいます、 教会に滞在し回復した彼の話では遠く離れた地で取り返しのつかない事をしたと悔いていたそうよ。」 「その後どのような話しを当時の司祭様とされたのかはわからないけれど、彼は再び旅に出立しそれから しばらくして再び教会を訪れて教会に一つの力を置いていきました。」 「いつの時代かこの力を必要とする時がくるかも知れない、 その時の為にこの教会で大切に守っていて欲しいと言われたと伝わっています。」 そう言うと司祭は立ち上がり視線でマリアについてくるよう促すと教会の横にあるとても古い建物の前へと やってきた、この場所は昔から知っている。司祭様のみが入る事を許された特別な建物。 司祭様はこの建物に入り、神鳥カラドリウスに祈り捧げていると聞いていた。 司祭に促されて建物に入るとその中には光輝く翼が佇んでいた。 教会に預けられ、代々の司祭が守り続けてきた「ライトニング・ユスティティア」 「さぁ、触れてご覧なさい。あなたの力があれば祝福を受けられるかもしれないわ。」 一歩前に踏み出し恐る恐る翼に触れると……ひときわまぶしい光を放ちマリアは機体の中にいた。 「やはりこれはあなたを待っていたのですね、マリアお願いです。王都に向かい枢機卿様の無事や 王都で起こっている事を見てきて欲しいの。もし枢機卿様のおっしゃっていた通り 王都で異変が起きていたのなら、マリア…、あなたと、あなたの翼で人々を救って欲しいの。」 「勝手な願いなのは分かっているわ…、だけど私ではダメなの、私では翼の祝福は受けられなかった。」 そう言うと司祭は少しだけ顔を下に背けた。 「司祭様、大丈夫です。私がどこまでお役に立てるか分かりません。 ですが必ず王都の様子を見てまいります。」 そう伝えると銀の翼は高く舞い上がり、その先には王都があるであろう方角に向けて飛び立っていった。