嬉…憎…恨……悲……苦……楽………怒………痛……………… ありとあらゆる感情や想念が繰り返し現れ混ざり合い固有の意志は無い、そもそも意志というものを確認する術もない。 パラケルススによって一瞬にして消滅した国の国民達、いや人だけでなく動物、植物、全ての生物達の全ての感情。 行き場を無くした魂、永遠に彷徨う事になった魂、自然の摂理に準じるのであればいずれ霧散するであろうか弱き魂達。 それらが一つの場所に集められ黒銀の翼に閉じこめられたのは術者の償いなのか、それともさらなる侮辱と言うべきか。 圧縮された膨大な数の意識は最も多くの魂が鮮明に覚えている一つの姿を具現化させた。 国の妖精と呼ばれ国民と全ての命に祝福されたリリス王女と呼ばれたその姿を……。 あまりにも歪んだ口元、憎悪以外の感情が存在しないと思わせる瞳、それは妖精とは真逆の姿であった。 意識が生まれ最初に目に入ったのは自分(達)をこんな姿にした偉大な錬金術師である。 心が躍った!天に昇るような気持ちだった! 切り裂きたい、踏み潰したい、捻り切りたい、一気に殺すのも楽しそうだ、 いや一つ一つ四肢を潰していくのも悪くない。 同時に沸くいくつもの衝動とそれらを叶える想像に興奮が止まらなかった。 どうするのかは切り裂いてから考えよう! どうするのかは潰してから考えよう!! どうするのかは憎んでから考えよう!!! 我慢できずに飛びかかった……がリリスの「ささやかな」願いが達成されることはなかった。 黒銀の翼の外に出られないのだ。 どのような仕組みかを考える知能はない。 子供が暴れるように、猛獣が鎖をちぎるように全ての力を振るっても出られない。 最初にして最大の獲物を前に何もすることができない。 憎くて憎くて憎くて憎い錬金術師に触れる事ができない! 外から声がする。 「……今までありがとう。そして、これからを頼む。」 年老いた錬金術師が隣にある蒼銀の翼に声をかけている。 言い終わると機体の外にまであふれ出る怨念を前に静かに語りかけてきた。 「全ての罪は私にある。その憎しみを否定することはできないが叶える事もできない。 私にはまだやらねばならない事が残っているのでな。…………すまない。」 老人が目を閉じると、蒼銀と黒銀の翼は静かに湖の底で眠りについた。 ・ ・ ・ ここはどこなのか?自分は誰なのか?……そんな事を考えた事は無い。 あるのは憎しみの感情、破壊の衝動、ただそれだけであり無限と思える時間をその感情だけが支配していた。 しかし全てを破壊しつくして自身すら破壊したいという衝動は封印と監視と言う二つの力により阻まれ続けてきた……はずだった。 どれくらいの年月がたったのか。 ただひたすら外に出るために暴れ続けると言う純粋なる力、純粋なる衝動、純粋なる憎しみ、 それは数百年がたった今も変わることのない営みだった。 リリスは腕を振るった………………機体がかすかに揺れた。 リリスは脚で踏みつけた……………機体がわずかに動いた。 リリスは体をぶつけた………………機体が大きく傾いた。 数百年ぶりに回りの様子を確認した時には蒼銀の翼が消えていた。 リリスの歪んだ口元がひときわ歪む! 数百年で初めて回りの気配を確認した、巨大な怨念を遠くに感じた。 リリスの狂気に満ちた瞳がひときわ輝く! もっと、もっと、力が欲しい! 全てを壊す力を、全てを潰す力を、全てを憎む力を! 獣を思わせる叫びを上げるとクロウリング・グラッジは湖を漆黒に塗り潰しながら飛び立っていった。