神に仕える神鳥であるカラドリウス達は鳥瞰の視点を持ち、相手の目を見ればその者の 過去現在未来を見通すことが出来る。 そんな彼らの役目とは女神の代理人として人々の前に降り立ち女神の言葉を伝え、病を治し、 魂を救済することである。 善き者、悪き者、臆病な者、傲慢な者、尊き者、あらゆる人間の心を見通す彼らは人々の 喜びだけでなく人々の愚かさ苦しみをも共有する事となり公平な心と揺るぎない精神を求められる。 「リディア様が僕を呼んでいる!?」 仲間のカラドリウスにそう伝えられたチドリはカラドリウスの中の一羽に過ぎない。 女神リディアが特定のカラドリウスを呼ぶ理由は一つしかない、女神の代理として人間の元に 赴く任務を与える為。 「あ、そう!?」 気のない返事とは裏腹に小走りになりながら去っていくチドリを仲間は小さく微笑みながら見送っていた。 「(僕を使いに選んでくれた!)」 神の奇跡は滅多に起きる事はない、起きないからこそ奇跡と呼ばれる。 必然的にカラドリウス達が人間の世界に行くのは非常にまれであり、また神鳥は数十鳥いる為、 年齢的にも若く他のカラドリウス達より経験のないチドリの出番は殆どないといっても過言ではなかった。 女神の元に向かう途中、前回はどんな使いであったか思い出そうとしていた。 「(たしか小さな人間の子供に生命を回復する力を与えにいったんだっけ?)」 そんな事を考えているうちに女神の元に到着した。 「え、えっと、チドリ参りました。」 女神の前に来るといつも緊張してしまう、年長の仲間は談笑したりしているが幼いチドリにとっては 母親の前でいいところを見せようとする子供のように直立していた。 「随分と早かったですね、急いで来てくれたのですか?」 優しく語りかける姿は女神という言葉の通りの姿だった。 「え、いえ……たまたま近くにいただけです。」 息を乱しながら返事をする、言いながら自分で後悔をしていた。 どうして素直に答える事ができないのか……。 「そうですか、今度は呼吸を整えておくといいと思いますよ。」 微笑みながら女神が語りかける。 「あ、す、すみません。」 顔を真っ赤にしてチドリが答えると子供を見つめる母親のような優しい表情で女神はチドリを見つめた。 だがすぐに表情を硬くすると静かに、そしてゆっくりと若き神鳥に語りかける。 「バラダン王国の王が恐るべき力を作りだそうとしています、 このままでは人々の世界に地獄が生まれてしまうでしょう。」 「……人の心は弱いものです、バラダンの王は数ある国の王達の中でも特に優れた王だったはずなのですが。」 そう言う女神の表情は少し悲しげだった。 女神の話をチドリは『またか』と内心辟易して聞いていた。 古来より知恵をつけた人間達は必ずといっていいほど自分勝手な欲を出す。 曰く、何者にも勝る力が欲しい。 曰く、全ての知識と真実が欲しい。 曰く、永遠の若さと命が欲しい。 ………今回もどうせその類であろう。 カラドリウスの中で若い部類に入るチドリでも人間達の行ってきた事は何度も見聞きしてきた。 チドリは女神に促されるとカラドリウスの力である【鳥瞰の視点】を使いバラタン王国の様子を見通した。 「!!」 それは今までチドリが見聞きしてきたどの【愚かさ】よりも凄惨なものだった。 「……こ、これは。リディア様、これは本当に起きている事なのですか?」 悲しそうにうつむく女神の様子がそれが真実であることを告げていた。 「ここへ僕が赴くのですか? あ、あの、僕では力不足ではないでしょうか?」 あまりにも重大な任務と気がついたチドリの声は若干震えていた。 「他のカラドリウス達の方が経験も判断も僕より上だと思うのですが……」 チドリの言葉を聞いて女神が口を開く。 「チドリ、あなたに行って欲しいのです。」 優しく、しかしきっぱりと女神は答えた。 「あなたの二つの瞳で事実と真実を見極め、王、そして王と運命を共にする者達の魂を 救って来てもらえますか!?」 女神の言葉を聞くと、ほんの一時目を強く閉じ…… そして再び目を開けるとチドリははっきりとした口調で答えた。 「リディア様、僕行ってきます!」 その言葉を優しく見守ると女神は一つの首飾りをチドリに渡した。 「今回は神鳥のあなたと言えど危険が伴います、それを身につけて行くといいでしょう。 それは太古の昔天界で戦いが起きたときにカラドリウス達が身につけていた鎧です、 地上へ赴いた時にはあなたを守ってくれるでしょう」 女神から首飾りをつけてもらうとチドリは神の化身たる白い鳥に姿を変えて天界から飛び立っていった。 ・ ・ ・ 飛び立つ白い鳥を見送りながら女神は地上の王に思いをはせる。 誰よりも聡明だったはずの王から透き通った金剛石のような輝きが失われてしまった。 今は深い嘆きと後悔にまみれて魂が闇の中をさまよってしまっている。 光が強ければ強いほど影は濃くなる。輝かんばかりの王国は今は深淵の闇に墜ちていた。 優れた王を生み出したのも人ならば、王を闇に落としたのも人の業なのだ。 しかし、既に底無しではあるがそれでも信じたい、魂に救いはあるのだと。 きっと彼ならすくい上げてくれる。 どのカラドリウス達よりも光溢れる世界が、人間達が大好きなチドリなら。