「ニーナは無事だろうか?」 ノアはそう呟くと一人バラダン王国へ向かっていた。 国外への火急の旅は徒労に終わってしまった、いくつかの隣国へバラダン王国の状況を伝え妹や市民の 救出を請いに回ったが結果はどれも望んだものではなかった。 珍しい乗り物を見た好奇心で面会を許される国もあったが殆どの国では相手にすらされなかった。 バラダン王国で有名な貿易商の跡取りと言えど所詮は貴族でもない平民の訴えを聞き入れてくれる国が あるはずもなく、またバラタン王国の様子は誰かに言われなくとも各国は把握していた。 把握していたからこそ自らの国に被害が及ばぬよう静観を決めていたのだ。 「あの時、僕だけが逃げなければ…」 後悔をするように唇を噛みしめながらノアは数日前までの事を思い出していた。 ・ ・ ・ ノアとニーナは双子として生まれた、二人はバラダン王国でも有数の規模を誇る貿易商の跡取り として育てられたため平民ではあったが高い教育と礼儀を教えられて育ったが両親は跡取りとして 男の子を期待していたのを幼いながら感じとった為、ノアは両親の期待に応えたいと常に少年のような 格好をして言葉使いなども男のような振る舞いをしていた。 貿易という特殊な仕事の為二人は両親と共に長く国外に行くことも多くその為友達は少なかったが 代わりに妹といつでも一緒に行動して学び、遊び、育っていった。 数ヶ月前に両親から国外へ行くと伝えられた時も特別な驚きはなかった。 突然の話ではあったが何か急ぎの商談でもあるのだろうとその程度に考えていたが両親の慌て方は それだけではないように感じ一抹の不安を感じながらニーナと共に支度を済ませた。 急ぎ馬車に乗り込み港へ着いた時には多くの守護騎士団が警備をしており通る事が出来なかった為 両親が暫く交渉をしていたが船を出すことは許されず、そのまま他に集められた人々と共に王都へと 運ばれる事となった。 その先で見たことをノアは思い出したくはなかった。 だが恐ろしい実験の中で自分達の順番が近づいてきた頃にニーナがノアに脱出計画を提案してきた。 怯えながらもニーナは冷静に回りを観察して逃げる方法を探していた、今いる実験室に連れてこられる 時に見た奥の広場に置かれていた翼のある乗り物、あれに乗ればここから逃げる事が出来る。 計画というには単純だったが確かに実験を行う際はエレノアとかいう錬金術師が一人でいることが多く その時ならばチャンスはあるかも知れないと二人で計画について相談した。 いよいよ二人がエレノアの前に連れて行かれた時ノアとニーナは最後に女神に祈りを捧げたいと懇願した。 子供と思い油断があったのと自分が支配しているという優越感で寛容になったエレノアは二人を拘束した縄を 解いた…、その瞬間ニーナは近くにある薬品のビンを二つ掴むと床に投げつけた。 高い教育を受けた二人は初歩の錬金術や薬品の知識は持っていた、そのため混ぜて刺激を放つビンを 割るとエレノアが苦しむスキに広場に向かって全力で走った。 「……まさか、あれを盗む気? くく、面白いわね、絶望した顔を見るのは楽しそうね。」 遅れて脱走者を追いかけるエレノアは逃げる方向から二人の計画に気がつくと、歪んだ笑みを浮かべ悠々と歩きながら 見学に向かうことにした。 その頃二人は翼のある乗り物の前に到着すると手を伸ばし機体に触れるが…何も起きる事はなかった。 「……どういうこと?エレノアが触れれば乗れると話していたのを聞いたのに?」 ニーナが焦って言葉を発した。だが二人が何回触れようと何も起きなかった。 「気が済んだかしら?」 二人の後ろからエレノアの声が聞こえてくる。 「まだ研究中だからよく分からないのだけど、それは魂の強さがなければ乗れないのよ。 それにその機体は一人用だから仲良く逃げる事も出来ないし残念ね。 早く色々と解き明かしたい事があるから一緒に部屋に戻って【協力】してもらえるかしら?」 不適な笑みを浮かべながらエレノアが近づいてくる。 「ニーナ、どうする?」 「ノア、逃げられるように祈ろう。 諦めないで祈ればきっとリディア様とカラドリウスが助けてくれる。」 そう言うと二人は機体に触れながら懸命に祈った。 「ニーナだけでも助けて下さい。」 「私はいいからノアを救って!」 強い祈りを捧げると二人が光りに包まれ…気が付くとノアは機体の中にいた。 何がおきたのか分からずに下を見るとニーナが機体の外で微笑んでいた。 「よかった、ノア早く逃げて!」 ニーナを置いて逃げる、そんな事がノアに出来るはずはなかった。 ノアが躊躇っていると二人の後ろで誰よりも驚き、呆然としていたエレノアが我に返り機体の元に向かって来ていた。 「少し強さの意味が分かってきたわ、研究して上げるから直ぐにそれから降りてきなさい。 嫌なら分解してあげるわ。」 エレノアが何か複雑な術式を唱え始める。 「ノア急いで、このままだと二人とも捕まってしまう。」 「でもニーナが…。」 「私は大丈夫だから今は逃げて、平和になったらまた一緒にお父さんの船に乗って旅をしよう。 だから、今は、今は早くいって!」 エレノアの術式が完成する直前にノアの乗る機体は大空に向かって消え去っていった。 王城が遠ざかる中ノアはニーナを必ず助ける事を心に誓い救援を求め隣国へ旅立った。 ・ ・ ・ 「僕が必ずニーナを助ける。」 若き魂は自らの半身を救うため再び王国へ舞い戻った。