「王がいなくては国は成り立たないが人のいない国もまた成り立たない」 幾度も繰り返し頭の中を巡る考えに孤高の騎士は苦しんでいた。 王の為に我が身を捧げるという誓いは少しも揺らいではいなかったが、王の望みを叶えれば全てが以前のように 戻る事が出来るのかと問えばそれが無理であるという事などとうに気がついていた。 斥候から赤い翼の機体が王都に向かっているとの報告もあった、それが守護騎士団団長のアレックスで あると根拠はないが何故かすぐに理解できた。かつて共に王と国を守ると誓い合った親友が王都に向かっている、 このままいけばいずれ自分の前に【敵】として現れる事も容易に想像が出来た。 「(私はあの友と戦うのか?)」 完璧なまでの王への忠誠にほんの僅かな不安が生まれた。それは焦りとなり、疑念となり、迷いが綻びとなって 孤高の騎士を苦しめ続けた。 そんな中王都から兵器を奪って逃げ出した者を補足し破壊するようにとの命令が届いた、本意ではなかったが 忠実に任務を果たそうと相手を補足した時に見たのは少年といえる年齢の若者だった。 騎士としてあるまじき行為に手を染める苦しみを感じながらも脱走者を追い詰め、止めの刃を向けようとした時に 騎士の中で魂の限界が訪れた。国を守る為、王を守る為、何が正しいのか二律背反に苦しめられた魂は肉体と共に 二つに分かれ片方がその場から静かに消えた。 ・ ・ ・ 「ここは?」 意識が戻るとどこか記憶にある土地で一人横たわっていた。 そこはかつて近衛騎士団に入って直ぐの頃、国内の視察に出るグラハム王を護衛して訪れた国外れの丘であった。 かつての王の様子や自らの心を思い出すと今の国の惨状や自分の心情に忸怩たる思いを抱き胸が痛くなった。 ふと後ろを見ると乗っていた禁呪兵器の面影を残す機体が傍らに佇んでいた、だがかつての禍々しさはなく むしろ気高さを感じる不思議な機体だった。 その翼を眺めて続けてどの位の時間が立っただろうか、 「…王を護らなければ、従属するのではなく真に王を護らなければならない!」 騎士は誰に聞かせるでもなく一人呟いた。 「しかし私が一時的にとはいえ、王に反旗を翻したように思われては余計に混乱が広がってしまうな、 身を隠すものが必要か…… たしか丘の向こうには領主の館があったはず、何か借りられるかも知れないな。」 そう考えると足早に館へと向かったが着いてみると王都へ連れられていったのか自ら隣国などに逃げたのか、 理由は不明だが既に誰もいない空き家となっていた。 留守中に入るのは気が引けたものの急を要する以上礼儀は一旦置いておく事として暫く館の中を探索したが 特に助けになるようなものは見つけられなかった。 だが最後に領主夫人の部屋に入るとテーブルの上に仮面舞踏会用のマスクが残されていた。 「……ふむ、マスクか。」 顔につけて鏡を覗いて見ると思いがけず騎士はマスクを気に入った。 「これならば私と気づく者もいないだろう。」 一人納得すると急ぎ丘に戻り機体に手を添える、光に包まれると騎士の姿は機体の中にあった。 「私が王を護る!その邪魔は誰にもさせない!」 鋭き爪は王を護る為に、気高き翼は誰よりも早く王の元へ戻る為に、孤高の騎士は再び王都へ羽ばたいていった。